「その頬、輻射熱(放射熱)に焼かれて」

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🏥いつも或いはチラットでもご覧いただいている皆様、お暑うございます。今回はプロテスト(強権組織への抗議)的なことで中には不快になられる方いらっしゃるでしょうが、嫌がらせで作成しておりませんのでご理解願います。毎月アジアだけでなく世界中で自然災害発生しておりますが、その方々も水分補給をこまめにとる・休憩を効率よくとる・公にできないこともあるでしょうが、オンタイムそっちのけで少し気分転換するなど無事に蒸し暑い夏をみなさんが乗り越えられることを望みます!今回は昔の事で知っておいたほうがいいかもしれないということ。

ケロイドやけど・潰瘍・輻射熱などによりできる赤黒い色の板状・結ばれたような節状の盛り上がり状態。原子爆弾被爆によるものでは、輻射熱で火傷した部分が厚くなり切除後でも再発する場合は治療に困難。腕や脚や顔にできた場合日常生活に大きな障害。

終戦から十年後1955年(なぜ10年も経過したかわかりませんが)原爆の輻射熱によるケロイド治療のため、日本では治療不可能なため、戦勝国への不安を抱きながらやむをえずニューヨークへ渡航した体に消えることのない傷を負った広島の女性たち。仲間の一人が手術ミスで亡くなった夜、治療中の女性たちが被爆体験&周囲からの差別体験を語り始めます。独裁軍国主義及び原爆で奪われた自分の人生を取り戻すため言葉以上の苦悩する姿が真正面から表現されている舞台です。

出演者たちは広島を訪問して被爆者から体験をじっくり聞いて質問したり、ニューヨークで治療受けた方からもじっくり話を聞いたそうです。原爆投下後に臨時の仮病院が設置された似島などを時間かけて訪問、ここでも被爆者からいろいろ話を聞いたとのことです。ある出演者のコメント:"原爆乙女"という言葉が被爆した方々を傷つけるという不安あります。苦しみながら未来に向かって生き抜こうとしていたことをありのまま後世に伝えたい」「その25人には25通りの人生があった、仲間はずれせず支えあって前進しようとする人間ドラマをみてほしい📖

私は戦争体験者ではないので大したこと述べることできないですが例え少しでも今まで公にされなかった事実・某複数強権組織に隠滅された或いは隠滅されかけた事実含め、世間一般に事実曲げずに公表し世間に正しく認識してもらうこと重要。核兵器支持者・某独裁組織・それに加担する一般人・加担しなくても社会的弱者ばかりに責任転嫁する人々・今まで一回も投票したことない人々にもぜひ公平な視野でご覧いただきたい!道を開きましょう!

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Commented by luxannews at 2018-07-16 11:07
妹の行方を捜し歩いた末ようやく亡骸でみつけたというのに
その亡骸さえ米軍に差し出すようにと日本兵に命令されたという兄の話を
以前TVで観たことがあります
そのようにして米軍は被爆者の亡骸や瀕死の被爆者を集めて
実験試料としたのだとか・・・
絶句してしまいましたが
それまで興味がなかったことを深く学ぶ良いきっかけにはなりました

治療のためやむを得ずニューヨークへ・・の やむを得ず が気になります
強制的に ということでしょうか( ̄  ̄)?
Commented by nekodaisukiyorgos at 2018-07-18 08:00
> luxannewsさん
今まで想像つかなかった新事実を伝えていただき感謝です。ニューヨークへ渡航したのは強制かどうか、その当時症状が軽いケロイド患者を目の当たりにしたことがある何人かの人に時間かけて質問しましたがわかりません、某大病院は当時の医師がいないので問い合わせ拒否したらしいです。重症なら1955年当時の日本医療体制では圧倒的にアメリカより劣るそうなので患者が希望して渡航したようです。費用は不詳、海外旅行自由化まえでの初海外渡航&戦勝国へ行くということだけでかなり心配したようです。"原爆を落とすしか戦争終結できない"と今年現在でもある程度数のアメリカ人がいるようですが、1955年当時のアメリカマスコミが公平な目線で事実を公表してなれければ今頃どうなっていたか、恐怖という言葉そのものです。私は文章による表現力が一般人より劣りますがご理解願います。
Commented by mimozacottage at 2018-07-19 08:37
ヨルゴスさん、おはようございます。
素晴らしい記事ですね!
この劇のことを知る機会を与えて下さってありがとうございます。

新聞や資料館などで原爆の悲惨さを見聞きして育った私は、
原爆肯定派のアメリカ人が今でも少なからずいることに、怒りを通り越して、無力感に襲われます。

他の人が味わった筆舌に尽くしがたい苦しみを理解できない人がたくさんいるということに、背筋が寒くなります。
そういう人達はまた同じ間違いを繰り返すだろう…と。

こういう劇が日本だけでなく、アメリカでも上演されれば良いですね!
公演期間中に、もし日本に行くことが出来れば、是非観劇したいです。

Commented by nekodaisukiyorgos at 2018-07-20 08:05
> mimozacottageさん
あなたのコメントには同感です。Gulf War本格的開始の前年、商用のついでにサイパン"バンザイクリフ"へ案内されたとき20代風アメリカ人が突然やってきて、現地ガイドから知って「降伏すればアジアと違い文化的生活できるのに、日本への原爆投下は正解、いつでもアメリカ軍は英雄……」と下品に立ち食いしながら大声で蔑視していたのを聞き耳たてていたこちらの通訳がおしえてくれたこと思い出しました。突飛な発想かもしれませんが、こういう核兵器支持者は子孫代々言葉以上の恐怖を伴った間違いを繰り返すのかなと思ってしまいます。この劇の存在しったのは今月都内下北沢で中古CD盤探索時某劇場前歩いたときのお知らせからです、アメリカだけでなく今年現在海外植民地がある国全てで小劇場で上演してほしいです。
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by nekodaisukiyorgos | 2018-07-16 02:04 | ささやかな抵抗 | Trackback | Comments(4)